サルは第3者が互恵的であるかを判断する 

 

名古屋大学 大学院情報科学研究科の川合伸幸准教授と独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 微細構造部部長 一戸紀孝らのグループは、南米にすむ小型の新世界ザル(マーモセット)が、自分とはかかわりのない第3者のやり取りが、互いに公平なものか、どちらかだけが得をする不公平なものかを判断できることをあきらかにしました。具体的には、2人のヒト演技者が、それぞれ持っている食物を互いに交換しあう条件(互恵条件)と、1人の演技者が交換を途中で止めて、すべての食物を独り占めする条件(非互恵条件)のやりとりをマーモセットに見せました。これらのやりとりを見せた後に、2人の演技者から、演技では用いたのとは異なる食物が同時に差し出されました。その結果、互恵条件の直後では、どちらの演技者からも同じ割合食物を取りましたが、非互恵条件の直後では、食物を独占した非互恵的な演技者から食物を取る割合が少なくなりました。

このように、非互恵的に振る舞う個体を避けるという結果は、赤ちゃんを含むヒト(Hamlin et al., 2007, Nature)や、身体の対して大きな脳をもち、道具使用や記憶課題に長けたオマキザル(Anderson et al., 2013)では知られていましたが、身体の対する脳の割合がそれほど大きくなく、記憶課題等での成績が芳しくないマーモセットでは初めて示されました。このことは、自分とは関わりのない個体(ヒト)のやり取りを観察し、誰が互恵的で、誰がズルをする個体であるかということの判断には、大きな脳や長期的に個体の行動を覚えておくための優れた記憶力は必要ないことを示しています。さらに、道具使用をまったくせず、記憶力も芳しくないマーモセットがこのような高度な社会的判断を下したということは、他者の行動にもとづいて評価を下すという社会的知性には、全般的な知性(記憶力など)は関連していないことを意味しています。マーモセットは霊長類ではめずらしい一夫一妻性の家族形態を示し、父親も子育てに参加し、協同作業をよく行う霊長類です。このような複雑な社会環境への適応の結果として、本研究で示された社会的知性が実現されていると考えられます。このような研究は、ヒトの社会的知性の進化の解明につながる可能性があります。

 本研究成果は2014年5月21日(英国時間)発行の科学誌「Biology Letters」に掲載されました。

 

 

<研究の背景と経緯>

「互恵性」はヒト社会を維持するうえで欠かせないものです。互いに利益を与えあうことで、集団で暮らすことのメリットが増えます。互いに互恵的であるからこそ、ヒトは協力し、長期的な関係を維持します。

ヒト以外の多くの霊長類も、自分がした相手にはお返しを期待し、また相手から受けた厚意にお返しをします。すなわち、「自分と他個体の関係が互恵的か」どうかにはとても敏感であることが知られていました。しかし、自分とは関係ない第3者らが、互恵的であるか、あるいは非互恵的(一方が利益を独占する)であるかを判断できるかは不明でした。昨年、南米に暮らすオマキザルが、ヒトの演技者によるやりとりを見て互恵的であるか、非互恵的であるかを判断できることが示されました。しかし、オマキザルは身体に対して大きな脳を持っており、非常に複雑な道具使用を野生で行い、実験室での記憶課題も優れるなど、第3者が互恵的であるかの判断は、全般的に高い知性によるのか、あるいは社会的なやりとりに特化した認識(つまり社会的知性)であるのかは不明でした。

 

<研究の内容>

本研究では、4頭のマーモセットを対象にして実験を行いました。マーモセットは南米に棲む小型のサルで、体重は1 kg未満です。身体に対する脳も霊長類のなかでは大きくありません。そのため、実験室での記憶課題などではあまり成績がよくないことが知られていました。一方で、マーモセットは一夫一妻性で、父親も子育てに参加し、互いに食物を分け与え、協力も頻繁におこなう緊密な社会性を有していることが知られていました。

このようなマーモセットを対象に、目の前でヒトの演技者2名が、互恵的な食物の交換と非互恵的な交換をするところ見せました。演技者は、最初はそれぞれ異なる種類の食物を持っていましたが、互恵的な交換では演技者Aが演技者Bから食物をもらい、今度は演技者Bが演技者Aの食物をもらいました(食物が2人の間で交換された)。しかし、非互恵的な状況では、演技者Aは演技者Bから食物をもらいましたが、演技者Aハ演技者Bが食物をもらおうとするのを断りました(参考図2)。このようなやり取りの後に、演技者ABは、これまでとは異なる食物を同時にマーモセットに差し出しました。その結果、4頭のマーモセットはいずれも、互恵的な条件では両方の演技者から同じ割合で食物を取りましたが、非互恵的な条件では、非互恵的な演技者(A)から食物を取る割合が少なくなりました。このことは、マーモセットは2つの条件(互恵条件と非互恵条件)が異なることとを認識し、かつ非互恵的な演技者からの申し出を避けることを示しています。非互恵的な個体の申し出を避けるのは、将来のパートナーになるかもしれない相手として不適格であるという判断をしていると考えられます。

 身体に対して大きな脳をもつヒトやオマキザルと同じ結果が得られたということは、誰が誰に互恵的に振る舞ったかということを覚えておくための記憶力や、今ある物を別の物に変化させる道具使用といった全般的に高い知性は必要ないことを示しています。また、オマキザルとマーモセットの系統関係から考えて、霊長類全体にこのような第3者の行動が互恵的であるかを評価できる能力があるとは考えられず、どちらも複雑な社会環境で暮らしており他個体に対して協力的であることから、両種に共通する社会環境(協力する性質)がこのような認知の進化の原動力であったと考えられます。

 

<今後の展開>

本研究の成果は、ヒトの社会的知性の起源を解明する一助となり得るものです。ヒトが示す高度な社会的なやりとりの認識は、全般的な知性ではなく、複雑な社会への適応として進化した可能性が考えられます。

マーモセットは妊娠期間が短く、一度に2頭の仔を産むことから繁殖が比較的容易で、遺伝子操作も霊長類で初めて成功するなど、モデル動物として注目されています。そのため近年では、マーモセットは神経科学的な研究でも用いられるようになってきており、今後マーモセットを対象に本研究で示されたような社会認知の脳機能が解明することが期待されます。

 

 

<参考図>

 

 

図1 実験の結果:サルがそれぞれの演技者から食物を受け取った割合。非互恵条件では占有した演技者(A)からの受け取りが少ない。

 

 

 

図2 実験の手続き:サルの前で行った演技。

 

<用語解説>

注1)互恵性

互恵性とは、互いに相手に利益や恩恵を与え合う性質があることをさす。多くの霊長類は集団内で他個体に毛繕いをするが、されたほうは直後でなくても毛繕い仕返すのが一般的である。お返しをしないと、やがて毛繕いされなくなる。毛繕いをすることで、集団内の個体間のつながりを強めていると考えられる。毛繕いにかぎらず、採集やケンカの協力なども含まれる。

 

注2)社会的知性

 「社会的知性」とは、人間関係に代表される集団内での社会関係の知覚・理解・記憶、それらに基づいて適切に社会的行動をおこなえる能力を指します。?

 

<論文名>

 

"Marmoset monkeys evaluate third-party reciprocity."

(マーモセットは第3者の互恵性を評価する)

  Kawai, N., Yasue, M., Banno, T., & Ichinohe, N. (2014). Biology Letters, 10(5), online first, doi:10.1098/rsbl.2014.0058